元禄2年(1689)の秋、俳聖・松尾芭蕉は、約5ヶ月の漂泊の旅を、ここ大垣で終えました。その折、芭蕉は「蛤のふたみに別行秋そ」と詠んで、水門川の船町港から桑名へ舟で下りました。大垣市はこの地を、「史跡 奥の細道むすびの地」に指定し、周辺整備に取り組んでいます。
「蛤のふたみに別行く秋そ」
この句は、
「行春や鳥啼魚の目ハ泪」(矢立初の句)
に呼応しています。
芭蕉が大垣を訪れたのは、貞享元年(1684)、「野ざらし紀行」の旅の途中、俳友・谷木因(たにぼくいん)を訪ねたのが始まりです。当時、大垣藩主戸田公の文教奨励もあって、大垣の俳諧は、木因や藩士らを中心に盛んに行われていましたが、そこへ芭蕉が新風を吹き込み、「蕉風」俳諧が美濃一円に広がることとなりました。
天和2年(1682)芭蕉は「鳶」の前句に古来禁制の同字・同物の「鳶」の付句を送り、その解釈を木因に求め、木因の見識を試みました。木因は、芭蕉の意図するところを察し、しかも機知に富んだ方法で返答しました。この往復書簡が「鳶の巻」で、「奥の細道むすびの地記念館」でも紹介されています。
「『奥の細道』紀行300年を契機として、ゆかりの市町村並びに関係機関が芭蕉翁の業績を一層顕彰するとともに、併せて地域の活性化に結びつく活動と郷土の歴史文化の活用を互いに連携し合い、広く内外にむけて展開しよう(奥の細道サミット開催趣旨より抜粋)」とする目的で、昭和63年(1988)にスタートした「奥の細道サミット」。大垣市の呼びかけにより始まったこの事業も、今年で第23回を迎えます。
毎年開催され、関連市町村や組織が一同に会して総会を行います。各地域における取り組みの交流や、独自の企画で会を盛り上げています。これまでの開催地は以下のとおりです。
| 第1回 | 昭和63年 | 岐阜県大垣市 |
| 第2回 | 平成元年 | 山形県鶴岡市 |
| 第3回 | 平成2年 | 岩手県平泉町 |
| 第4回 | 平成3年 | 栃木県黒羽町 (現在 大田原市) |
| 第5回 | 平成4年 | 新潟県出雲崎町 |
| 第6回 | 平成5年 | 埼玉県草加市 |
| 第7回 | 平成6年 | 三重県上野市 (現在 伊賀市) |
| 第8回 | 平成7年 | 富山県朝日町 |
| 第9回 | 平成8年 | 山形県山形市 |
| 第10回 | 平成9年 | 富山県入善町 |
| 第11回 | 平成10年 | 山形県羽黒町 (現在 鶴岡市) |
| 第12回 | 平成11年 | 東京都江東区 |
| 第13回 | 平成12年 | 岐阜県垂井町 |
| 第14回 | 平成13年 | 岩手県一関市 |
| 第15回 | 平成14年 | 石川県山中町 (現在 加賀市) |
| 第16回 | 平成15年 | 宮城県鳴子町 (現在 大崎市) |
| 第17回 | 平成16年 | 三重県上野市 (現在 伊賀市) |
| 第18回 | 平成17年 | 山形県尾花沢市 |
| 第19回 | 平成18年 | 東京都足立区 |
| 第20回 | 平成19年 | 富山県滑川市 |
| 第21回 | 平成20年 | 秋田県にかほ市 |
| 第22回 | 平成21年 | 福井県敦賀市 |
| 第23回 | 平成22年 | 宮城県松島町 |
| 第24回 | 平成23年 | 岐阜県関ケ原町(予定) |
芭蕉と木因との交流・大垣俳壇の資料が展示されています。
毎年10月に行われ、全国から多数の句が寄せられます。当日投句も行われ、船町一帯が俳句一色に染まります。
平成21年2月に発行された「平成俳句歳時記 冬」(北溟社編)で「蛤塚忌」が「芭蕉忌」の傍題として載録されました。

年間を通して、市内各所の投句箱やインターネットを利用して句が寄せられます。毎月秀句が選ばれ紹介されています。

年間8回、小中学生を対象にした「こども俳句教室」を開催しています。小中学生が市内各所で俳句を学びます。

桜が満開の船町湊で、船下りやたらい舟下りなどを催します。たくさんの人が訪れ、にぎわいと活気にあふれます。