芭蕉ゆかりの句碑
[2011年8月30日]
「行春や鳥啼き魚の目は泪」
元禄2年(1689)3月27日、芭蕉は深川から舟で隅田川をわたり、千住大橋の北側あたりに上陸しました。そこで見送りの人々と別れるときに詠まれた句で、「矢立の初め」(旅日記の一句目)と記されています。いよいよ旅の始まりです。
新大橋西
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」
尾花沢の人々に勧められ、芭蕉は寄り道をして立石寺に参詣しました。深閑と静まりかえった山寺での、あまりにも有名な一句です。但し、この句は初め、「山寺や石にしみつく蝉の声だったものを、芭蕉が何度も推敲してこの形になったと言われています。
竹橋北
「荒海や佐渡によこたふ天の河」
象潟(きさがた)から酒田へ戻った芭蕉は、日本海沿いを南下していきます。古くからの佐渡への渡航地である出雲崎で詠んだ句がこれで、黄金と流人の島・佐渡、荒海、そして夜空に横たわる天の河という三者の取り合わせに、悲痛な孤独感が感じられる名句です。
船町むすびの地
「蛤のふたみに別行秋そ」
芭蕉は、敦賀に迎えに来ていた路通とともに美濃に入り、大垣に着きました。大垣には曾良をはじめ多くの門人が集まり、芭蕉の無事と旅の成功を祝います。「奥の細道」の旅の終わり。しかしそれは芭蕉にとって、新しい旅の始まりです。9月6日のことでした。
この他、市内各所に芭蕉ゆかりの句碑が建立されています。芭蕉が4度も訪れた大垣の句碑をめぐっていただき、それぞれの思いをのせて、お楽しみ下さい。