ページの先頭です
メニューの終端です。

芭蕉ゆかりの句碑

[2011年8月30日]

ミニ奥の細道

 「奥の細道」全行程2,400kmを、愛宕神社(錦町)から奥の細道むすびの地(船町)までの2.2kmに見たてています。「奥の細道」の旅で芭蕉が詠んだ句から代表的な20句を選び、句碑と句が詠まれた土地の説明版が立てられ「矢立初めの句碑」「蛤塚」とあわせた22句で芭蕉の足跡をたどります。
 

矢立初め(千住)

 愛宕神社南
「行春や鳥啼き魚の目は泪」句碑

「行春や鳥啼き魚の目は泪」
元禄2年(1689)3月27日、芭蕉は深川から舟で隅田川をわたり、千住大橋の北側あたりに上陸しました。そこで見送りの人々と別れるときに詠まれた句で、「矢立の初め」(旅日記の一句目)と記されています。いよいよ旅の始まりです。

 

立石寺(山形)

 新大橋西

「閑さや岩にしみ入る蝉の声」句碑

「閑さや岩にしみ入る蝉の声」
尾花沢の人々に勧められ、芭蕉は寄り道をして立石寺に参詣しました。深閑と静まりかえった山寺での、あまりにも有名な一句です。但し、この句は初め、「山寺や石にしみつく蝉の声だったものを、芭蕉が何度も推敲してこの形になったと言われています。

 

越後(新潟)

 竹橋北

「荒海や佐渡によこたふ天の河」句碑

「荒海や佐渡によこたふ天の河」
象潟(きさがた)から酒田へ戻った芭蕉は、日本海沿いを南下していきます。古くからの佐渡への渡航地である出雲崎で詠んだ句がこれで、黄金と流人の島・佐渡、荒海、そして夜空に横たわる天の河という三者の取り合わせに、悲痛な孤独感が感じられる名句です。

 

むすびの地(大垣)

 船町むすびの地

「蛤のふたみに別行秋そ」句碑

「蛤のふたみに別行秋そ」
芭蕉は、敦賀に迎えに来ていた路通とともに美濃に入り、大垣に着きました。大垣には曾良をはじめ多くの門人が集まり、芭蕉の無事と旅の成功を祝います。「奥の細道」の旅の終わり。しかしそれは芭蕉にとって、新しい旅の始まりです。9月6日のことでした。

 
 この他、市内各所に芭蕉ゆかりの句碑が建立されています。芭蕉が4度も訪れた大垣の句碑をめぐっていただき、それぞれの思いをのせて、お楽しみ下さい。

ご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?

お問い合わせ

大垣市 教育委員会事務局文化振興課[北庁舎3階]
電話: 0584-81-4111 (内線)文化財係785・786
E-mail: bunkasinkouka@city.ogaki.lg.jp

芭蕉ゆかりの句碑への別ルート