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大垣まつり

[2017年5月13日]

最新情報

ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」

 

 文化庁は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に提案している

「山・鉾・屋台行事」に本市の「大垣祭の軕行事」を追加して平成28年3月に再提案し

日本時間平成28年12月1日、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。

国重要無形民俗文化財「大垣祭の軕行事」

 

 平成27年3月2日、「大垣祭の軕行事」が国重要無形民俗文化財に指定されました。

 大垣市では初めての国重要無形民俗文化財となります。

 また、同日、東京で開催された重要無形民俗文化財指定証書交付式において、

 文化庁長官から大垣祭保存会に指定証書が交付されました。

 

大垣祭の特色

 

 「大垣祭の軕行事」は、大垣の城下町祭礼として伝承されてきた美濃地方を代表する祭礼行事であり、

大垣藩主下賜(かし)の軕と町衆の軕が併存する形態は全国的にも希少です。

 また、からくり人形には中京圏の山車(だし)行事、軕上(やまじょう)の芸能には近畿圏の山車行事の影響が色濃く、

東西の祭礼文化の交渉がうかがわれるなど、国内の山(やま)・鉾(ほこ)・屋台(やたい)行事の伝播や変遷を理解する上で重要とされています。

 

城下町大垣に初夏の訪れを告げるまつり

 

370年の伝統を誇る大垣まつり

 大垣まつりの軕の起源は、慶安元年(1648)に大垣城下町の総氏神であった八幡神社が、大垣藩主戸田氏鉄公により再建整備されたおり、城下18郷が喜びを御輿3社の寄付で表し、大垣10か町が10両の軕(出しもの)を造って曳回したのが始まりといわれています。

 延宝7年(1679)、藩主戸田氏西(うじあき)公から、「神楽軕」「大黒軕」「恵比須軕」のいわゆる三両軕を賜り、それを機に10か町は、軕の飾りつけに趣向を凝らしていきました。

 濃尾震災や先の大戦によって多くの軕を失いますが、その後、修復や復元、購入などにより再建が進められ、平成24年に2両の軕が復元され、70年ぶりに全13両軕が勢揃いしました。

13両のやまによる華麗な巡行

 試楽(5月13日)は、午前8時45分から八幡神社前で各軕が奉芸を行い、午前9時30分からは市役所前特設会場で掛芸披露をします。
 その後、軕は自由に市内を巡行し、午後7時から夜宮を行います。
 本楽(5月14日)は、午前8時45分から八幡神社前で奉芸を行い、その後、13両の軕が行列をなして城下を巡行します。
 午後4時20分から大垣まつり行列、午後7時からは夜宮を行います。
 この地方最大の祭りだけに、大勢の人たちが沿道を埋めつくし、軕の美と沿道の熱気が城下をつつみます。

やまの巡行

 早朝より各軕が順次、八幡神社前で奉芸を行う。(試楽・本楽 8時45分~)

 試楽では、奉芸を終えた各軕が大垣市役所前特設会場に移動し、掛芸披露をする。
 この行事は、かつて大垣藩主が大垣城内に軕を曳き入れて上覧したことにちなんだもので、現在では、藩主に代わって大垣市長がその役を務めている。(試楽 9時30分~)

 夕刻には再び13両軕は八幡神社前に集合する。午後7時に軕の提灯の点灯を行い、奉芸や軕の回転をした後、曳きわかれる。※本楽では奉芸を行わない。(試楽・本楽 19時00分~)

 本楽では、八幡神社前での奉芸後、城下を13両の軕が一堂に揃って巡行する。道順は東回り・西回りの年次交代で、2.2里(約8.8km)を巡行し、平成29年は東回りとなる。(本楽 10時50分~)

 新大橋から八幡神社前までの間を、御輿と13両の軕による「大垣まつり行列」を行う。(本楽 16時20分~)

 会場には約500店もの屋台が立ち並び、賑やかな祭りとなる。

 

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