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無何有荘大醒榭

[2012年4月8日]

 大垣藩の藩老小原鉄心は、安政3年(1856)大垣城下の北、林村(現・大垣市林町)に別荘「無何有荘」を設けました。別荘「無何有荘」には「大醒榭」(たいせいしゃ)・「蓬宇」(ほうう)・「小夢窩」(しょうむか)の三亭を造り、園中には、牡丹や枇杷をはじめとする花卉50種類を植え、樹木や竹を配し、特に、鉄心が最も愛する梅の樹を多く移植しました。

 「無何有」の名前は、鉄心の師である鴻(おおとり)雪爪(せっそう)によるもので、荘子(そうし)の言葉「無にして何ぞ有らん」(無為・無作為で超然とした自然である境地)を意味しています。

 「大醒榭」は、和風に中国風意匠を取り入れた設計で茶室・湯殿・水屋・厠の4室で構成されており、茶室の天井は葦の網代天井、屋根は茅葺き、外側は紅殻塗装になっています。南側の衝立には、江戸時代には珍しい「ギヤマン」と呼ばれた色ガラスがはめ込まれています。また、当時の志士文人が来訪した際の記念に漢詩や絵を描いた衝立も残されており、鉄心がこの「大醒榭」で多くの志士、学者、詩人らと会合をし天下を論じていたことがうかがえます。

 これまで、郷土の名士たちの手で管理され、昭和38年(1963)に常葉神社境内に移築、同41年(1966)には大垣市重要文化財に指定されました。のちに同48年(1973)、鉄心の菩提寺である船町の全昌寺に移築されました。平成20年(2008)3月に解体工事が終了し、同24年(2012)にかけて、小原鉄心を顕彰する「先賢館」のあるこの「大垣市奥の細道むすびの地記念館」の敷地内に移築されました。

 「大醒榭」は優れた煎茶室の遺構を残しており、その文化財的価値は高く評価されています。

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