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水の都おおがき 水嶺湖畔 日本昭和音楽村-江口夜詩-

[2017年3月31日]

      
      
      

江口 夜詩


 作曲家 江口 夜詩(えぐち よし)

 江口 夜詩〔(えぐち よし:本名・源吾(げんご)〕は明治36年、大垣市上石津町(旧・時村)に生まれました。16歳の時、志をたて海軍軍楽隊に応募し、第一期軍楽補習生として横須賀海兵団に入団。大正10年には当時皇太子であった昭和天皇のヨーロッパ親善旅行随行軍楽隊員のひとりとして抜擢されました。そして、6ヶ月間にわたりイギリス・フランス・イタリア等ヨーロッパ各国を歴訪し、本場のシンフォニーやオペラに接しました。また、海軍軍楽隊専属の作曲家としての将来を嘱望され、海軍省委託生として、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)に6年間通学してチェロ等の音楽を勉強しました。大正14年、処女作「千代田城を仰ぎて」を完成させました。この曲は、開局直後のラジオ放送で発表されました。また、昭和3年には昭和天皇即位大典演奏会で吹奏楽大序曲「挙国の歓喜」を発表しました。
 昭和6年に海軍を退役し、翌7年、亡妻をしのんで作曲した「忘られぬ花」が大ヒットしました。それまでクラシックの作曲家を目指していた夜詩は、これを期に流行歌の作曲に一生をかけることを決心します。その後「十九の春」「秋の銀座」「急げ幌馬車」「夕日は落ちて」「心のふるさと」「月月火水木金金」「長崎のザボン売り」「憧れのハワイ航路」「東京の空青い空」「赤いランプの終列車」「瓢箪ブギ」など数々のヒット曲を作曲。また、歌謡学校を設立するなど、何人もの新人歌手や新人作詩家を発掘し世に紹介。「大衆音楽の父」と呼ばれました。校歌や社歌、町民歌、地域の音頭なども数多く作曲。生涯にわたる作曲数は4,000曲を超えます。
 昭和38年、惜しくも病に倒れ、リハビリテーションに専念しましたが、復帰することができず、昭和53年12月8日、75歳で亡くなりました。

 また、息子の浩司さんも作曲家として数々の功績を残されています。

江口夜詩関係年譜
西暦和暦年齢主な事柄
1903明治36年0養老郡時村(現・上石津町時)で生まれる。
1918大正7年15時尋常高等小学校を卒業する
1919大正8年16横須賀海兵団に入団する
1920大正9年17第一期軍楽補習生を首席で卒業する
1921大正10年18皇太子のヨーロッパ親善旅行随行軍楽隊員として選抜される。帰国後、海軍省委託生として東京音楽学校(現・東京芸術大学)に入学する
1925大正14年22デビュー作「千代田城を仰ぎて」を発表する
1928昭和3年25吹奏楽大序曲「挙国の歓喜」を発表する
1929昭和4年26「夜の愁」でレコードデビューする
1931昭和6年28海軍を退役する
1932昭和7年29「忘られぬ花」、「時雨ひととき」を発表する
1933昭和8年30「十九の春」、「秋の銀座」を発表する
1934昭和9年31「急げ幌馬車」を発表する
1936昭和11年33詩人西條八十と欧州に旅行する。「心のふるさと」を発表する
1940昭和15年37「月月火水木金金」を発表する
1946昭和21年43「緑の牧場」を発表する
1948昭和23年45「長崎のザボン売り」、「憧れのハワイ航路」を発表する
1949昭和24年46「東京の青い空」を発表する
1950昭和25年47NHKラジオ「今週の明星」で「憧れのハワイ航路」と古賀政男の「湯の町エレジー」が毎週1位争いをする。「憧れのハワイ航路」を新東宝が映画化する
1952昭和27年49「赤いランプの終列車」を発表する
1954昭和29年51「瓢箪ブギ」を発表する
1955昭和30年52「裏町ピエロ」を発表する。「江口夜詩作曲生活30周年郷土訪問大演奏会」を開催する
1956昭和31年53日本歌謡学校を設立する。「浮草の宿」、「トチチリ流し」を発表する
1963昭和38年60病に倒れる(以後15年の闘病生活)
1970昭和45年67「上石津町青少年歌」「上石津町音頭」を口述で作詞作曲する。上石津町自治功労者となる
1972昭和47年69上石津町立時小学校校歌「仰ぐ烏帽子の」を作曲する
1974昭和49年71上石津町名誉町民となる
1978昭和53年75永眠

夜詩と故郷、大垣市上石津町


※昭和45年、「上石津町青少年歌」「上石津町音頭」を発表。指揮は長男の浩司氏。


こよなく愛した故郷

 江口夜詩はとても郷土愛の深い人物であり、故郷へ帰るたびに母校である「時小学校」を訪れ、生徒たちに音楽を教えていた。また、それは作曲家としての活動にも表れており、岐阜県内にある数多くの小中学校の校歌も作曲している。  他にも、岐阜と大垣で開催された「江口夜詩作曲生活30周年郷土訪問大演奏会」でパレードを行った後も、養老の滝に訪れている。

江口夜詩顕彰碑

 江口夜詩が亡くなった翌年、昭和54年、顕彰碑設立発起人会によって上石津町時地区下山の時小学校(中学校)跡地に顕彰碑が建てられた。  碑の表面には碑文の上部に憧れのハワイ航路の一節が、碑の裏面には、作曲した曲の略年表と、夜詩がふるさとを想った言葉(『故郷というものは何年たっても懐かしい、そして温かいものが待って居てくれる所である。』)が刻まれている。 また、上石津町(現:大垣市)は、夜詩の偉大な功績を讃え、昭和45年に上石津町自治功労者に、昭和49年10月に上石津町名誉町民に推戴した。

CD作品集

~日本昭和音楽村江口夜詩記念館にて販売しています~
江口夜詩作品集(コロムビア編) 収録曲
No.タイトル歌ほか
1千代田城を仰ぎて内藤清五指揮/帝国海軍軍楽隊
2忘られぬ花(作詩・西岡水朗)池上利夫
3時雨ひととき(作詩・飛鳥井帆二)渡瀬春枝
4十九の春(作詩・西條八十)ミス・コロムビア
5護れ大空(作詩・町田敬二)陸軍戸山学校軍楽隊
6秋の銀座(作詩・久保田宵二)ミス・コロムビア
7希望の首途(作詩・久保田宵二)松平晃
8急げ幌馬車(作詩・島田芳文)松平晃
9夕日は落ちて(作詩・久保田宵二)松平晃、豆千代
10花嫁行進曲(作詩・高橋掬太郎)音丸
11あの夢この夢(作詩・西條八十)二葉あき子
12ふんなのないわ(作詩・江口夜詩)ミス・コロムビア
13乙女の青空(作詩・高橋掬太郎)高峰三枝子
14くろがねの力(作詩・浅井新一)伊藤久男、霧島昇、他
15轟沈(作詩・米山忠雄)楠木繁夫、日蓄合唱団
江口夜詩作品集(キングレコード編) 収録曲
No.タイトル歌ほか
1心のふるさと(作詞・大木惇夫)大阪放送合唱団
2月月火水木金金(作詞・高橋俊策)内田栄一
3緑の牧場(作詞・松坂直美)津村謙
4長崎のザボン売り(作詞・石本美由起)小畑実
5憧れのハワイ航路(作詞・石本美由起)岡晴夫
6東京の空青い空(作詞・石本美由起)岡晴夫
7(天草の)バテレン祭り(作詞・大倉芳郎)津村謙
8赤いマフラー(作詞・高橋掬太郎)津村謙
9赤いランプの終列車(作詞・大倉芳郎)春日八郎
10湯の町月夜(作詞・高橋掬太郎)近江俊郎
11博多流し(作詞・高橋掬太郎)春日八郎
12瓢箪ブギ(作詞・高橋掬太郎)春日八郎
13裏町のピエロ(作詞・横井弘)若原一郎
14浮草の宿(作詞・服部鋭夫)春日八郎
15トチチリ流し(作詞・藤間哲郎)春日八郎

資料集

江口夜詩に関係する資料をダウンロード出来ます。

江口夜詩年譜 作曲校歌一覧 作曲音頭・町民歌一覧
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