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杭瀬川(中流域)

[2016年2月1日]

概要

杭瀬川スポーツ公園

 杭瀬川はかつて揖斐川の本流でしたが、享禄3年(1530)、大洪水によって現在の流路となりました。

 株瀬川、赤坂川、久瀬川とも記しています。杭瀬川中流には河川敷を活用したスポーツ公園があります。スポーツゾーン、レクリエーションゾーンとともに、水生植物や湿生植物の観察ゾーンがあることが特長で、水に関わりのある植物が季節には美しい花を咲かせて楽しませます。

自然

スポーツ公園 観察ゾーン


■杭瀬川の蛍
 大垣藩主戸田氏鉄公が「天の川蛍」と命名した杭瀬川の蛍。一時は絶滅状態に瀕しましたが、南市橋地区の愛好家の情熱によりよみがえりました。

■宝光院 「はだか祭り」
 当山の「左目不動」は奇瑞仏として知られ、節分の日に厄除の裸男の豪華な絵巻「はだか祭り」が行われます。

歴史

影絵・杭瀬川(中流域)


■塩田常夜燈
 出入する船の安全を見守ってきたのが常夜燈で明治13年に建立されたものです。江戸期以来の港があり杭瀬川の上流赤坂港から生活物資や石炭などの運搬が頻繁に行われ、船着き場塩田港が賑わったと言われています。

お問い合わせ

大垣市生活環境部環境衛生課[2階]

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